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二重行政の弊害 ①市は市域内,府は市域外【大阪】

広域一元化の時事記事でも書いたが,大都市には二重行政が問題点として挙げられる.

 

もう一度,まったく同じ文章を書いておく.

 

『二重行政の定義は明確に決まってはいないが,山崎幹根(2012)は二重行政の特徴について以下のように記載している.

 

ⅰ.垂直的に並立する行政組織の間で,主として都道府県と市町村,あるいは国と都道府県との間において生じる現象である.

ⅱ.垂直的に並立する行政組織が,主としてそれぞれ重複する区域および区域内の住民に対して,同一政策分野における類似政策を実行する状態である.

ⅲ.組織間の調整,政策実行上の役割分担の整理不足,または欠如によって,政策の実行に非効率が生じ,また民主的統制の阻害要因などの弊害が生じる.

 

山崎幹根(2012):「『二重行政』の解決は可能か-効率性と民主的統制の視点から」『都市問題』第103 巻第4 号、(公財)後藤・安田記念東京都史研究所

 

これに加えて,大阪では

①市域拡張を巡る論争(特別市運動・市域拡張の対立)

②市は市域内,府は市域外という縄張り意識(政令指定都市≒特別市として運用したため)

③ほぼ全域が都市化している大阪府の中心に大阪市が位置しているしているという地理的構造に加えて,堺市東大阪市などの周辺市も高い行政能力を有している市が増えたことで,実質的に大阪市と同レベルの都市域が拡大傾向にある.

 

こういった歴史的背景も相まって,大阪での二重行政はより深刻となっている.』

 

この中で,大阪特有の二重行政について触れる.

よく説明されるハコモノ行政に関する二重行政は次回に説明するとして,今回はあまり触れられていない部分を説明しようと思う.

 

第1章 戦前の特別市運動

まず,特別市の存在を語らなければならない.

時代は1910年代,六大都市(東京市京都市大阪市横浜市名古屋市,神戸市)は,府県の域外化を主張し,完全独立を目指していた.この運動を,特別市運動と呼ぶ.

六大都市の要求は以下の通りである.

Ⅰ.府県知事が市長を兼務せず,市会選出市長を維持する(政治的要求).

→1889年3月23日の「市制中東京市京都市大阪市ニ特例ヲ設クルノ件(市制特例)」により,1899年10月1日の廃止までの約10年間,三大都市東京市京都市大阪市)は独立した市長を持てず,知事が兼務していた事に由来する.

Ⅱ.内務大臣と府県知事に二重監督を廃止し,直接内務大臣の監督下に置く(行政的要求).

→市町村長の選任と解職に対する内務大臣、知事の強力な発言権の拡大と市町村の主要吏員に対する知事および市町村長の統率力の拡大が規定された.

Ⅲ.都市計画のための税源等(土地増価税や市内で集められた府県税等)を大都市の税源に移す(財政的要求).

 

しかしながら,特に税源を市に移す要求は通っていないことは明白である.

 

第2章 東京市の改革

六大都市として足並みを揃えていたが,東京市だけ異なる動きを見せることになる.

1932年東京市は周辺の5郡82町村の編入に伴い,大規模都市へと発展していく.

翌1933年,内務省は府市二重行政の支障を理由に東京都制案を提案した.

こうして,東京市会の反対もありながら,1943年に東京市を廃止して特別区を設置する東京都制が発足した.

東京都区制度に関しては,別の記事で詳細を記述することにする.

 

第3章 戦後の特別市制度

1947年3月11日,地方自治法案要綱において,特別市に関する事項が明記された.

1. 人口50万人以上

2. 都道府県の区域外にあるものとする

3. 市長,助役,収入役及び副収入役を置く

4. 行政区を設ける

5. 行政区には,区長,区助役などの機関を置く

6. 法律に特別の定めがあるものを除き,都道府県に関する規定を適用する

7. 東京の区は特別区とし,原則として市に関する規定を適用する.また,都は条例で特別区について必要な規定を設けることができる

 

しかしながら,特別市には制度そのもの以前に,重大な問題点を含んでいた.

 

①特別市は都道府県の区域外とし,都道府県並の権限を持つ

これはすなわち,都道府県内の市が小さな都道府県として独立することに他ならない.

こうなれば,広域自治体として都道府県が行う総合行政に悪影響を与える.

よって,府県側からの猛反発を受けることになった.

 

②特別市設置に関する住民投票の範囲が府県民

1947年12月,住民投票の範囲が府県であると規定された.

市の独立は,当該市外の府県民には反対されるため,府県民の過半数を占めていない当該市が特別市になることはほぼ不可能となった.

大阪市廃止を大阪市民に問う住民投票と似ている.

 

その後,様々な議論があり,府県と大都市の間に大きな亀裂が生じる状況となった.

政府は,事態収拾のため,妥協案が示される.

1956年6月に,特別市制度の規定を削除し,政令指定都市が追加された.

特別市の名残として,人口50万人を基準としたり,行政区を設けるなどが見られる.

特別運動は一時の終わりを迎え,特別自治市構想へと繋がっていくことになる. 

 

このように,府県と大都市の間には大きな確執があったのだ.

それに加えて,大阪には独自の問題が数多く存在する.

大阪府が提案した「大阪新都機構」と大阪市が提案した「スーパー指定都市」で対立など,様々存在するが,別記事でまとめることとする.

 

第4章 特異な大阪の状況

ここで事業所の集積をみてみる.

『事業所とは,経済活動の場所ごとの単位であって,原則として次の要件を備えているものをいう。

1)経済活動が,単一の経営主体のもとで一定の場所(一区画)を占めて行われていること。

2)物の生産,サービスの提供が,従業者と設備を有して,継続的に行われていること。』

 

イメージとしては,会社だけでなく旅館や商店のような個人商売をしている場所も含めて事業所だと思えば今は問題ない.

この事業所が数多くまとまっているほど,大都市だと言える.

ここで,代表として三大都市を有する都府県(東京都・愛知県・大阪府)を比べてみる.

 

Ⅰ.東京都

流石,一部上場している企業の多数が本社を置き,皇居が存在し,さらに永田町や霞が関といった政治の中心地でもある東京の事業所数は桁が違う.首都圏の名は伊達ではないことが,改めて分かる.

しかしながら,東京都内における事業所の大部分は東京23区内に収まっている.

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Ⅱ.愛知県

事業所は名古屋市内に集中している.一方で,名古屋市外では豊田市等にも事業所が固まっているが,名古屋市とは独立している.f:id:biomechanics:20210111003207p:plain

 Ⅲ.大阪府

東京都に匹敵するほど,事業所が密に集積している.

しかしながら,名古屋市や旧東京市とは異なり,大阪市外にも事業所が集積している.

名古屋市との大きな違いは,大阪市内外で連続的に事業所が広がっていることである.

このことが二重行政を助長している.

大阪府大阪府内全域の広域行政を担っている.当然,大阪市大阪府の広域行政に含まれる.しかしながら,特別市の項にて説明した通り,元々大阪市都道府県並の権限を持ち大阪府から独立することを望んでおり,その運動を終息させるための妥協の産物として権限の一部を移譲された政令指定都市は,特別市には及ばずとも大きな力がある.

これが,「大阪市は市域内,大阪府は市域外」と言われる所以なのだ.

大阪市大阪市内の行政を担い,大阪府の介入を徹底的に遮断した.

しかしながら,大阪市を超えて市外まで連続的に事業所が続いているため,上記のような状態だと,行政が上手く嚙み合わない.

大阪市内外関係なく,連続的な事業所の管轄は広域的に行う必要がある.

その上で,より細かい部分は市がサポートしなければならない.

これが二重行政の弊害と言える.

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*付録

≪特別市≫

地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)(抄) ※ 昭和31年改正前の規定
第三編 特別地方公共団体
第一章 特別市
第二百六十四条 特別市は、その公共事務並びに法律又はこれに基く政令により特別市に属するもの及び従来法律又はこれに基く政令により都道府県及び市に属するもの(政令で特別の定をするものを除く。)の外、その区域内におけるその他の行政事務で国の事務に属しないものを処理する
2 第二条第三項及び第六項の規定は、前項の事務にこれを準用する。
第二百六十五条 特別市は、都道府県の区域外とする。
特別市は、人口五十万以上の市につき、法律でこれを指定する。その指定を廃止する場合も、また、同様とする。
3 特別市の廃置分合又は境界変更をしようとするときは、法律でこれを定める。但し、特別市の区域に市町村若しくは特別区の区域又は所属未定地を編入する場合においては、関係地方公共団体の議会の議決を経て内閣総理大臣がこれを定める。
4 法律で別に定めるものを除く外、従来地方公共団体の区域に属しなかつた地域を特別市の区域に編入する必要があると認めるときは、内閣がこれを定める。この場合において、利害関係があると認められる地方公共団体があるときは予めその意見を聴かなければならない。
5 第三項但書の規定による処分をしたとき、又は前項の規定による処分があつたときは、内閣総理大臣は、直ちにその旨を告示すると
ともに、国の関係行政機関の長に通知しなければならない。第七条第七項の規定は、この場合にこれを準用する。
6 第二項の規定により特別市の指定があつたとき又は第三項但書の規定により境界の変更があつたときは、都道府県の境界は、自ら変
更する。
7 第三項又は前項の場合において財産処分を必要とするときは、関係地方公共団体の協議によつてこれを定める。
8 第四項の意見又は前項の協議については、関係地方公共団体の議会の議決を経なければならない。
9 第二項の法律は、第二百六十一条及び第二百六十二条の規定により、関係都道府県の選挙人の賛否の投票に付さなければならない。
第二百六十六条 第九条の規定は特別市と市町村又は特別区との境界に関し争論がある場合に、第九条の二の規定はその境界が判明でない場合において争論がないときにこれを準用する。但し、政令で特別の定をすることができる。
第二百六十七条 特別市の区域内に住所を有する者は、当該特別市の住民とする。
第二百六十八条 特別市に市長及び助役を置く。但し、条例で助役を置かないことができる。
2 助役の定数は、条例でこれを定める。
3 特別市の市長は、当該特別市の事務並びに法律又はこれに基く政令によりその権限に属する国、他の地方公共団体その他公共団体の
事務及び政令で特別の定をするものを除く外、従来法律又はこれに基く政令により都道府県知事及び市長の権限に属する国、他の地方
公共団体その他公共団体の事務を管理し及び執行する。

第二百六十九条 特別市に収入役一人を置く
2 特別市は、条例で副収入役を置くことができる。
3 副収入役の定数は、条例でこれを定める。
第二百七十条 特別市は、市長の権限に属する事務を分掌させるため、条例で、その区域を分けて行政区を設け、その事務所を置くものとする。
2 特別市の市長は、区長の権限に属する事務を分掌させるため、条例で、必要な地に行政区の支所を設けることができる。
3 行政区の事務所又は支所の位置、名称及び所管区域は、条例でこれを定めなければならない。
4 第四条第二項の規定は、前項の事務所又は支所の位置及び所管区域にこれを準用する。
第二百七十一条 行政区に区長及び区助役一人を置く
2 区長は、その被選挙権を有する者について選挙人が投票によりこれを選挙する。
3 区助役は、特別市の事務吏員の中から特別市の市長がこれを命ずる。
4 区長は、特別市の市長の定めるところにより、区内に関する特別市の事務及び特別市の市長の権限に属する国、他の地方公共団体
の他公共団体の事務並びに法律又はこれに基く政令によりその権限に属する国、他の地方公共団体その他公共団体の事務を管理する。
5 区助役は、区長の事務を補佐し、区長に事故があるとき、又は区長が欠けたときその職務を代理する。
第二百七十二条 行政区に区収入役一人を置く
2 区収入役は、特別市の事務吏員の中から特別市の市長がこれを命ずる。
3 特別市の市長、助役、収入役若しくは監査委員又は区長若しくは区助役と親子、夫婦又は兄弟姉妹の関係にある者は、区収入役となることができない。
4 区収入役は、前項に規定する関係を生じたときは、その職を失う。
第二百七十三条 区収入役は、特別市の収入役の命を受け、特別市の出納その他の会計事務並びに特別市の市長及び区長その他特別市の吏員並びに特別市の教育委員会選挙管理委員会、人事委員会、公安委員会、地方労働委員会、農業委員会、監査委員その他法令又は条例に基く委員会又は委員及び行政区の選挙管理委員会の権限に属する国、他の地方公共団体その他公共団体の事務に関する出納その他の会計事務を掌る。
2 特別市の市長は、収入役の事務の一部を区収入役に委任させることができる。この場合においては、特別市の市長は、直ちにその旨を告示しなければならない。
3 前項に定めるものを除く外、区収入役の権限に関しては、市の収入役に関する規定を準用する。
第二百七十四条 行政区に区出納員を置くことができる。
2 区出納員は、特別市の事務吏員の中から特別市の市長がこれを命ずる。
3 区出納員は、区収入役の命を受け、出納事務を掌る。

第二百七十五条 前四条に定める者を除く外、行政区に吏員その他の職員を置き、区長の申請により、特別市の市長がこれを任免する。
2 前項の職員は、特別市の職員とし、その定数は、条例でこれを定める。但し、臨時又は非常勤の職の定数については、この限りではない。
3 第一項の吏員は、区長の命を受け、事務又は技術を掌る。
4 区長は、その権限に属する事務の一部を第一項の吏員に委任し又はこれをして臨時に代理させることができる。
第二百七十六条 行政区に選挙管理委員会を置く。
2 前項の選挙管理委員会に関しては、第二編第七章第三節中市の選挙管理委員会に関する規定を準用する。
第二百七十七条 第十三条、第八十六条第一項、第八十八条第一項、第九十一条第一項乃至第三項、第百四十五条、第百五十二条、第百
六十条、第百六十二条乃至第百六十七条、第百六十八条第六項及び第七項、第百六十九条乃至第百七十一条、第百八十条の四第四項、
第二百二条の二第三項、第七項及び第八項、第二百九条、第二百十八条、第二百二十一条、第二百二十四条、第二百三十二条、第二百
四十二条第一項並びに第二百六十条中市に関する規定は、これを特別市に適用する。
第二百七十八条 この法律又はこれに基く政令に特別の定があるものを除く外、第二編中都道府県に関する規定は、特別市にこれを適用する。
第二百七十九条 削除
第二百八十条 この法律に規定するものを除く外、特別市に関し必要な事項は、政令でこれを定める。