【量子力学の入口】①Stern-Gerlachの実験〈頭の中から経験則による常識を捨て去り,量子の世界に触れてみよう〉
はじめに
量子力学と聞いて,何を思い浮かべるだろうか?
物理学をかじった事がない人は,難しそうな響きに聞こえるだろうか?
少しでもかじった事がある人は,相対性理論と並んで物理学の花形という感覚もあるだろう.
本来であれば,量子力学の前に解析力学を学んだ状態からスタートする事が多いと思われる.
私は大学受験のために,とある国立大学を訪れた際,学内の書店で量子力学の本を買ったのが始まりである.
とはいえ,当時は普通の高校生であり,浅学非才の私には到底理解できない代物だった.
しかしながら,中学生でも理解できる人がいるというのは,やはり論理的思考と日常的な経験に反していても受け入れられる柔軟な思考の持ち主なのだろうと感嘆する.
断っておくが,この本が悪い訳ではない.
名著とまでは言われていないが,間違いなく良書である事は保証しよう.
ちなみに,高校時代に買ったこの本が,大学の講義の教科書として指定されていたというのは,また別の話だ.
私のおススメの本は,次回以降に紹介しようと思う.
さて,本題に入ろう.
量子力学的な現象,すなわち量子的振る舞いの一側面について,小難しい古典力学の知識が理解の妨げになる前に少しでも慣れ親しんでいた方が,量子力学を本格的に取り組む際に柔軟に対応できるのではないかと思う.
そこで,まだ古典力学の世界に頭が凝り固まっていない高校生や大学初年度の学生に向けて,量子力学の世界に慣れ親しんでもらおうと思う.
そもそも,表題のStern-Gerlachの実験とは何なのか?
ドイツ語で書かれているらしいので,私も読めないが,SterunとGerlachによって1922年に書かれた論文が発端となっている.
『Gerlach, W., Stern, O. Der experimentelle Nachweis der Richtungsquantelung im Magnetfeld. Z. Physik 9, 349–352 (1922). https://doi.org/10.1007/BF01326983』
ここでは,Natureの記事を参考として引用しておこう.
重要なのは本文ではなく,実験結果の画像の方だ.
実験内容の説明の後,その画像を用いて詳細に解説する.
その前に,私にはとある信条がある.
それは現象を理解して,数式によってあらゆる事象に応用可能な状態が目指すべき目標であるならば,その前段階があるだろうという事である.
すなわち,ホップ,ステップ,ジャンプとステップアップしていくなら,ホップできるだけでも,ステップまで行けたということも,とても価値があるということである.
ここで,私はステップを3つに分けた.
ステップ①:どんな現象なのか,頭の中でイメージすることができる.
ステップ②:詳細はさておき,とりあえず数式を暗記しており,型にはまった内容ならばスムーズに解ける.
ステップ③:数式の意味するところや,導出なども理解し,別の分野など様々な分野に応用できる.
この記事によって,ステップ①を目指し,最終的にはステップ②まで到達して頂ければ幸いである.
では実験内容を見ていこう.
実験内容
銀を炉で熱し,飛び出した銀原子を一方向のビームとして抽出し,装置に照射する(Fig. 1).
装置を通過した銀原子は,奥に設置されたガラス板に衝突し跡を残す.
こうして残った衝突跡を見る実験である.
Fig. 1 Stern-Gerlachの実験概略図
この実験で何が分かるのか,考えていこう.
高校物理では,一様な磁場中での粒子の運動を学んだと思う.
そこで,磁気力Fについて,
F=mH
と表されることを学んだ.
m [wb]は磁気量,H [AT/m]は磁場の強さという.
ここで,磁気量mから変位ベクトルrだけ離れた位置での磁場の強さは,
と計算できる.
高校生には馴染みがないかもしれないが,式の最後のr/rは,ベクトルをスカラーで割っている.
ベクトルは大きさと向きを持った量で,スカラーは大きさのみを持つ量であることから,r/rが向きだけを表すことは容易に想像できるだろう.
高校時代では,磁場の強さの大きさだけの議論で良かったため,r/rは省かれていたのだ.
もちろん,書き方はこれに固執する必要はなく,例えば,
と書いても良い.
今,棒磁石を考えてみよう.
磁石にはN極とS極があり,同極同士は反発し合い,異極同士は引き付け合う.
上記の式がCoulombの法則と似ていることからも,電気と磁気の対比は有用な思考プロセスだと言える.
今,電気の場合は電気量q [C]が存在し,それが+qなのか-qなのかで,正電荷と負電荷に分けられた.
正電荷同士や負電荷同士は反発し合い,正電荷と負電荷は引き付け合う.
磁気でも同じだと考えると,磁気量にも+mと-mがあると考えられる.
新しく磁気モーメントという値を考案しよう.
今,磁気量+mと-mの点磁荷が距離Lだけ隔てた位置にあるとする.
ここでは厳密性を無視し,長さLの棒磁石で両端の点磁荷がそれぞれ+m,-mであるとイメージする.
この負磁荷-mから正磁荷+mに向かう方向と,mLという大きさを持つベクトルを磁気モーメントMと定義する.
Fig. 2 磁気モーメント
では,なぜこの値がモーメントなどと呼ばれているのか,考えてみよう.
今,一様で強さがHの磁場が存在するとしよう.
そこに,磁気モーメントMを持つ棒磁石を角度φの向きで置く(Fig. 3).
するとどんな力がはたらくだろうか?
磁場の向きに磁気モーメントが揃うように偶力が生じることになる.
すなわち,モーメントNがはたらくのだ.
N=M×H
ここで×という記号は,ベクトルの外積を表している.
外積は,積をとる両ベクトルの間の面積を大きさ(|N|=|M||H|sinφ)に持ち,今回の場合はMからHに向かってネジを回した時に進む方向を持つベクトル量となる(Fig. 4).
Fig. 3 磁場から受ける作用
Fig. 4 ベクトルの外積
今回の銀原子においても,原子核の周りを電子が回っているため,磁気モーメントを有していると考えられる.
磁気モーメントの考え方を,今回の実験にも適応できる.
しかしながら,もう一つ注意する必要がある.
ここまでの話は,一様な磁場に置かれた場合であるのに対し,今回の実験ではあえて不均一な磁場を与えている点だ(Fig. 5).
Fig. 5 不均一磁場
次回は,不均一な磁場に置かれた磁気モーメントに作用する力と,この理論から予測される実験結果,そして実際の実験結果を眺めながら,量子の不思議さに触れていこうと思う.
……次回に続く